○ 八重山地震津波発生当時の八重山諸島の人口分布
下の図は八重山地震津波直前の八重山諸島の人口分布です(図1)。当時の八重山諸島では、全体的にみて現在よりも人口が均等に分布していました。石垣島北部や西表島の各地に1000人規模の集落がありました。1771年の八重山地震津波直前の人口は石垣島で17549人、周辺の島々を含めて約28000人でした。ちなみに現在(2000年)の人口は石垣島で43302人、石垣市・竹富町・与那国町併せて48705人となっており、石垣島(特に石垣島南部)に人口が集中しています。
ここで津波被害を最も大きく受けた石垣島を見てみましょう。石垣島では島の海岸沿いに集落が形成されていました。当時マラリアの被害があったため、石垣島の内部に集落を作ることは困難であったと考えられます。集落が海岸付近に集中していたため、津波による被害を大きく受けてしまったと考えられます。
図1 八重山諸島の人口分布(1771年、津波発生前)。右:石垣島の拡大図。
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