○ 八重山地震津波の震央位置とマグニチュード

 理科年表によると、八重山地震津波の震央位置およびマグニチュードは北緯24度、東経124.3度、マグニチュード7.4とされています。これらの値はいつどうやって決められたのでしょうか。


1.震央

 八重山地震津波の場合は、津波が襲来した地域から震央が推定されています。、今村は石垣島と宮古島を大津波が襲ったことを考慮して、津波の波源域(=震央)を石垣島と宮古島の中間点(北緯24.2度、東経124.8度)に設定しました(今村、1938)。

 Kawasumi(1951)では、八重山地震津波の震央は書かれていません。その後、1948年〜1962年の理科年表では「津浪あり 11941名流亡(石垣付近東南東数十キロの所を東北東西南西に走る線)」と書かれています。1963年以降の理科年表では上記の記述のほかに震央が現在言われている位置(北緯24度、東経124.3度)が書かれています(図1)。

 今村(1938)は、石垣島と宮古島の津波は同程度だった(記録に書かれている石垣島の遡上高約80mは間違いである)と判断し、石垣島と宮古島の中間に震央を設定しました。ここからはあくまでも可能性ですが、その後、宮古島よりも石垣島で死者が多いことから石垣島よりに震央があったと考えられ始め、震央の位置を今村(1938)の震央から西南西方向に延長した線上のどこかと考えたのかもしれません。そして最終的に、東北東西南西に走る線の最西端で石垣島に最も近い点を震央としたのかもしれません。


図1 さまざまな資料による震央位置


2.マグニチュード


 今から60年前、地震計のない時代の地震の大きさを決めるため、震央距離100kmでの震度をその地震の大きさ(Mk)と定義しました(Kawasumi, 1943)。その後、現在使われているマグニチュードと対応させるため、変換公式を使ってMkをマグニチュード(M)に変換しました(Kawasumi, 1951)。MとMkの関係は次の式で表されます。

 河角カタログでは八重山地震津波のMkは5.1とされています。これをマグニチュードに変換するとM=7.4となり、現在八重山地震津波のマグニチュードとして広く使われている値になります。

 ただし、このMkは、どのようにして求められた値なのか、算出根拠が不明確なものが数多くあります。震度に関する資料が乏しい地震の場合、Mkは整数値で表されることが多かったようです。ここで地震のMkが3, 4, 5のとき、これをマグニチュードに変換するとそれぞれM=6.4, 6.9, 7.4となります。このため、マグニチュードの値が一番最初に掲載された1963年の理科年表では、マグニチュード「.4」と「.9」と小数点一桁目が4と9の地震が卓越して多くなっています。その後、地震によってはマグニチュードの見直しが行われ、現在の理科年表に掲載されている地震では、小数点一桁目が4と9になる地震が卓越して多い、といったことはありません。

 八重山地震津波の場合、地震の揺れに関する詳細記録はほとんどありません。記録では「地震」または「大地震」としか書かれていないので、どの程度の揺れがあったのか、わかりません。ですから、なぜこの地震のMkが5.1なのか、全くわかりません。可能性としては「沖縄本島でも揺れた」と記録に書かれているので、これから有感距離を500km(多良間島付近〜沖縄本島北端まで)として有感距離からMkを導く公式に代入し、Mk=5.1を出したのかもしれません。

 結局、マグニチュード7.4という値の根拠は、かなり不明確なものです。しかし一度数字で表すと、この数字が現在まで一人歩きし、この数字を元に地震危険度評価や防災対策がなされています。
 


図2 1600年から1860年の間に発生した地震のマグニチュード頻度分布。1963年の理科年表を用いた。昔の理科年表ではM5.9, 6.4, 6.9, 7.4にマグニチュードのピークがある。


図2 1600年から1860年の間に発生した地震のマグニチュード頻度分布。2004年の理科年表を用いた。現在のデータではM6.0, 6.5, 7.0, 7.5にマグニチュードのピークがある。マグニチュードに幅があるもの(例えば6.0〜6.5、6.5〜7.0、7.0〜7.5)はそれぞれ6.25、6.75、7.25として表示した。そのためマグニチュード6.2、6.7、7.2に見かけ上のピークが現れている。

○参考文献
今村明恒、琉球地震帯さらに明和大津波に就て、地震、10、431-442、1938.
Kawasumi, H., Measures of earthquake danger and expectancy of maximum intensity throughout Japan as inferred from the seismic activity in historical times, 地震研究所彙報、24, 469-482, 1951.
理科年表(1948年、1963年、2004年)
宇津徳治、地震活動総説、東京大学出版、1999.

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